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彩時生活では、読者のみなさんの「今日の一歩」を募集しています。

(読者投稿)古希の少年「少年老いて学び始める」

いくつになっても、「初めて」はある。
70歳を過ぎた男が一から始めた家事は、知らなかったことばかり。
料理をする。掃除をする。洗濯をする。
妻に教えられ、ときには仲間にアドバイスされながらも、新しいことを始めると、毎日は案外おもしろい。  
そんな日々を、ちょっと可笑しく、ちょっと真面目にお話ししたい。

お米を洗う

「家事を始めてみよう」
そう思った。
理由はいろいろあるが、難しいことはあまり考えないことにした。
何か新しいことに挑戦するだけで、毎日が少し変わるかもしれない。せっかくなら、楽しんでみよう。そんな軽い気持ちからのスタートだ。

とはいえ、私の場合、家事はほぼ妻に任せきりだった。
幼い頃は、母が家事をしているのを横目で見るだけで、手伝おうなどとは考えもしなかった。大人になってからは、家に帰れば妻がやってくれている。それが当たり前になっていた。そんな私が、いまさら家事を始める。我ながら、ずいぶん遅いスタートである。

ところが、いざ始めてみるとこれがなかなか奥深い。
家事には、ルールがある。決まり事もある。いや、そんな生易しいものではない。そこには、長年この家を守ってきた「妻の世界」がある。何をどこに置くのか。どう片付けるのか。どうすればキッチンがすっきり見えるのか。我が家のキッチンは、できるだけ物を置かないのが妻の流儀だ。以前、キッチンをリフォームしてからは、さらにその傾向が強くなった。「とにかく物を置かない」それが我が家の掟である。
私などが、いきなりその世界に入っていく。これは、よく考えればかなりの新参者だ。だから私は、最初から逆らわないことにした。新参者は、まず教えを請う。何十年もの経験を持つ師匠の前では、弟子は素直でなければならない。妻が何気なくやっていることの一つひとつに、長年の経験が隠れている。それを少しずつ教えてもらいながら、いつか自分なりのやり方や「こだわり」が生まれてくれば、それもまた面白い。そう思うことにした。

我が家は夫婦二人。以前は電気炊飯器を使っていたが、場所を取る。そこで妻は、いつの頃からか鍋でご飯を炊くようになった。二人なら二合もあれば、夕食と少しの冷凍保存でちょうどいい。冷蔵庫の中も、できるだけすっきりさせる。お米も大きな米びつに入れるのではなく、一回分ずつ袋に小分けにして冷蔵庫で保存している。二合なら二袋。こうしておけば、必要な分をすぐに取り出せる。
「なるほど」
家事には、妻なりの合理性がある。私などは、そんな一つひとつに感心してしまう。
そして、いよいよ私の仕事である。

お米を洗う……
「お米を洗うくらい、誰でもできるだろう」
そう思われるかもしれない。私もそう思っていた。
ところが、私にはお米にまつわる苦い思い出がある。
子どもの頃、母の手伝いでお米を研いだことがあった。そして、水を捨てようとした。そのとき、私はお米まで一緒に流してしまった。母にひどく叱られたわけではない。むしろ、呆れられた。その「呆れた顔」が、子ども心には結構こたえた。以来、お米を洗うことには、なんとなく苦手意識があった。
そんな私が、再びお米を洗っている。
ゴシゴシ洗えばいいのか。それとも、優しくクルクル回すのが正解なのか。昔、妻が泡立て器のようなものでクルクルとお米をかき回していたのを見たこともある。
水を入れる。
またゴシゴシと揉みながら洗う。
水を捨てる。
また水を入れる。
そして、また揉みながら洗い水を捨てる。
問題は、この「水を捨てる」ところだ。昔の私のように、お米まで流してしまってはいけない。手を添えながら、慎重に水を捨てる。
これを何度か繰り返す。水が少しずつ透明になってくる。
「このくらいでいいのかな?」
正解がわからない。
妻には、まだ正式な「お米の洗い方講座」を開いてもらっていない。
というより、
「そんなもの、誰でもできるでしょ」
ということなのだろう。それでも私は、一応、真剣である。そして後日、調べてみた。どうやらゴシゴシと力を入れて洗う必要はないらしい。研ぐのではなく、現代は洗うだ。
「やっぱり、そうだったのか……」
古希を過ぎても知ることは、まだまだある。

ところが、料理教室でも……
実は私は、半年前からシニアが集まる料理教室にも参加している。こちらも、料理経験はほとんどゼロからのスタートだ。最初から前に出るのも無作法な気がする。みんなと同じスタートラインに立って、一緒に覚えていけばいい。そう思っていた。
ある日のこと。私はいつものように、お米を洗っていた。すると、私より少し若い男性がそばにやってきた。そして、こう言った。
「そんなやり方じゃダメですよ。もう少し水を少なくして洗ってください」
なるほど。そういうものなのか。
私は心の中で、
「何を言う。こちらは人生の先輩だぞ」
と、少しだけ思った。もちろん、口には出さない。料理教室にも、料理教室なりの流儀がある。妻の世界に入門したと思ったら、今度は料理教室の世界でも入門である。
「そうですか。あまりやったことがないもので……」
私は笑って答えた。
そして、言われた通り、少し水を減らして、いつもよりやさしくお米を洗った。
だけどその日は、なぜかずっと気になっていた。
「いったい、どこが違うんだ?」
たかがお米を洗う。されど、お米を洗う。
家事を始めてみたら、今まで知らなかったことばかりである。どうやら私は、まだまだ「家事一年生」らしい。古希からの新入生。さて、次は何を教わろうか。そんなことを考えるのも、案外楽しいものである。

オールド新右衛門

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