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(読者投稿)退職後 喫茶店を始める〔その四〕お陰様で10年。石の上にも3倍返し

(その三より続く)
生徒への軽口から始めたカフェが、この夏で10年になる。コロナで潰れるかと思ったがしぶとく持ちこたえ、石の上にも三年の三倍の月日が流れた。仕事にも慣れ、お客の面白さを感じられるようになった。

目次

お代わり200円で妥結

当初、この辺りのご婦人はイスラム教が多いのかと思った。窓辺に座るなり「アッラー」と神の名を唱え「きれいな景色だねぇ」とびっくりするほど大きな声で言う。そして豚肉100%と記されたハンバーグランチを平然と頼む。「ん?イスラム教ではないのか」と思い、「そうか、アッラーは神を讃える言葉でなく驚きの感嘆詞なのだ」と気付く。
そんな賑やかな高齢のご婦人が6人で来店された。

ランチ会で定期的にギャハハと笑い転げる。一斉に話すので話題が分からないが爆笑は凄まじい。心臓マヒでも起こさないかと心配になる。そのうち飲み物のお代わりが入る。「マシター、全員で頼むから安くしなさいや」と一人が言う。マスターですと返す間もなく、別のご婦人が「そんなこと言うもんでないよあんた」と言い、また別のご婦人が「でもマシター、そりゃ安い方がいいわね」と話す。誰が相手か分からない複雑な交渉の末、お代わり200円で妥結する。

それ以来、飲み物のお代わりは200円になった。ご婦人方は「マシター、また来るから」と元気に帰って行った。

ある暑い日の男性客

夏の暑い日、男性客が入店した。スーツに黒の鞄。ここらでは珍しい。冷房が効いた席に座るなり「アイスコーヒーください」と言う。水とおしぼりとアイスコーヒーを出してキッチンに戻るや否や「アイスコーヒー、もう一つ」と注文される。よほど喉が渇いていたのだろうとお代わりを出す。5分もしないうちに「アイスクリームください」と注文される。ハイハイと出す。さらに5分後「サイダーください」と言う。大丈夫かと思いながら出す。

よく飲むお客だと休んでいると「暖かい紅茶ください」と注文される。ん?聞き間違いかと思い「暖かい紅茶ですか」と聞くと、てれた顔で「お腹が冷えたので」と言う。外に出たら一瞬で暖かく、いや暑くなりますよ、とご忠告申し上げようと思ったが、サービス業だからそんなことは言わない。男性は1400円払ってさっそうと出ていった。幸あれ。

60代ご婦人 「お父さんずっと家にいるんだもの」 

60代の小柄なご婦人が来られた。注文の料理を出してしばらくすると、電話で話し始めた。他に客もいないので放っておいた。「家にいるとくさくさして出てきたの。お父さん、ずっといるんだもの」と話している。相手は娘か。「ほんとイヤになる。だからカフェに来たの」と言う。それでいいのかと思うが、まあ他人事だ。その後、来る度にそんな会話をするから、くさくさするお父さんが気になり始める。

ある日のこと、スーパーでレジに並ぶと二人前にご婦人がいた。すると前のハゲオヤジが振り向き「ほら、もう一袋ジャガイモ買っておけば良かったべや。お前、持ってこい」と命令する。ご婦人は顔をしかめるが、言われた通りジャガイモを取りに行く。今どき、こんな不遜なオヤジがいるのかと気の毒になる。
ご婦人がジャガイモを手に戻ると「遅いんだ」と叱られる。え、そこはありがとうだよな、と思うが他人事である。それ以来、ご婦人が来られた際はことのほか優しく接するようになった。

20代女性 「ここは私が払うから」

6人の客が来て、皆で食事したいと言うのでテーブルをつなげて席を作った。30代から40代の働き盛り男性5人と20代女性1人だ。談笑しながら食事を終え、会計に呼ばれた。「ちょうど6000円です」と言うと、それぞれが財布に手を伸ばす。その瞬間、女性が「あ、ここは私が払うから」とラフに言うと、男たちは一斉に「ありがとうございます」と頭を下げた。おお、この女性が上司か、姉御お見それしましたと言いそうになる。

NASAでありそうな光景だが、日本もこんな社会になったかと感動。女性から代金を受け取り「ありがとうございました」といつもより丁寧にお辞儀した。女性を先頭に、男性陣は金魚のフンのごとく一列に付いていった。

ここでコンサートを開けませんか?

今年の3月、感じの良いご婦人が来て「視覚障害を持つお二人がコンサートの場所を探しているのですが、ここで開くことはできませんか」と聞く。コンサート? 何やるの? 客は? 時間は? など疑問を感じつつ「できますよ」と言ってしまう。札幌から来る男女でギターとクラリネット、歌も披露するとのこと。
「あのう、使用料はどのくらいでしょうか」と聞かれ「使用料は要りません。飲み物でも注文していただければ」と応える。客は知り合いに声をかけ、一般のお客がいたら一緒に聞いてもらいたいとのこと。

当日、椅子とテーブルを配置換えして席を作る。演奏家のお二人は30代。明るく気さくで障害の引け目など感じさせない。15人の前で堂々と演奏された。厨房で聴きながら「目が見えなくともギターもクラリネットもできる。可能性は信じるものだ」と教師臭いことを考える。

演奏後、女性は私が流木で冗談に彫った亀と鯨に触って当てた。二人はカフェの雰囲気を気に入り、来年も是非やりたいと言って下さった。もちろん大歓迎ですと応えた。私だって数年も経てば目や耳や足に障害が出る。障害があっても普通に活動できる社会、それは他人事ではないのだ。

60代馴染みの客Mさん 「お粥作ってくれないか」

馴染み客のMさん60代は杖をついて来る。注文はいつもナポリタンとコーラで、帰り際に「マスター、怒らないでね」と前置きして質問する。「今日は何人来たの」、「店が目立たないから登りを立てたら」、「もうちょい値上げした方がいいのでは」、「場所が分かりにくいから地図を配れば」、「マスター、何歳なの」、「一週間の売り上げは」などなど。最初は面倒臭い人だと思った。

ある日電話が来て「Mだけど、お腹の調子が悪いからお粥作ってくれないかい」と言う。お粥? カフェで? と思ったが「できますよ」と言ってしまう。Mさんはお粥を食べると、お礼を言い代金を払って帰った。

ある日、ふと気づいた。Mさんはカフェが心配で、自分が支えなければと思っている。いろいろ聞くのも、親切心からなのだ。そんな優しい気持ちを「めんどくさい」と感じていた。私は自分を大いに恥じた。

人生を左右するめぐり逢い

現在、食事メニューは15種類に増え、馴染み客もできた。1月半ばから3月の流氷時はインバウンド客が訪れる。繁盛店とは言えないが家族、友人、地域に支えられてこの夏で10年になる。毎日の買い出し、仕込み、清掃、接客、調理、片付けとせわしい日々だが、満足感と充実感がある。定休日の釣りは殊の外楽しい。昔の教え子や同僚が訪れ、会話が弾む。飲み会をやったりする。

この店との出会いは運命的な恋愛で、人生を左右するめぐり逢いとなった。建物は器だが、器に魂を入れるのは人だ。身体が動くうちは感謝して店を続けよう。

北海道網走市 喫茶店 七つの海マスター

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