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(読者投稿)北海道移住(一)

東京育ちの信二と北海道生まれの裕子は、信二の初任地であった旭川で知りあい、結婚後4年半を過ごした。信二は都合8年半、裕子は31年の北海道暮らしを忘れなかった。

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ねぇ、退職したら北海道へ移住しない?

同じ年生まれの二人は裕子が一足早く5月に信二が6月に、今年68歳になる。二人は3年前の7月6日に34年振りに旭川に戻ってきた。

31歳の時に信二の勤める会社の転勤で茨城県に引っ越した時は2歳の娘が一緒だったが、戻ってきた時は二人。その娘と茨城時代に生まれた4歳年下の息子は、兵庫県と千葉県で家庭を持って暮らしている。それぞれに可愛い盛りの孫もいたし、二人が直近の20年余りを暮らした千葉県で定年後の生活を送ることは自然のなりゆきとも言えた。だが、信二と裕子は早くから北海道への移住を決めていた。

60歳になる少し前に裕子は、
『ねえ、65歳になって二人とも定年になったら、どこかに移住しない』
『いいねえ。賛成だよ。どこ?』
『真由美のいる神戸も考えたんだけど、やっぱり北海道かな』
『うん、俺も北海道がいいなあ』
それからの5年余りは、共通の目標に向かって働く張り合いのある時間が流れた。

裕子は子育てが一段落した後、近所の病院に看護師として正職員で働いた。50歳を超えてからも月に数回の夜勤もして頑張った。信二はリーマンショックの時に最初の会社が倒産してその後何回か転職を経て、やはり夜勤のある警備会社で働いた。その間に裕子のコロナ感染や信二の脳梗塞などもあったが、なんとか65歳まで無事働き通すことが出来た。

移住まであと1年となった頃、逸る気持ちを少しずつ解放するように計画具体化への相談を始めた。その冒頭で信二は予算を聞くという装いで、久しぶりに裕子に我が家の貯蓄額を確認した。その回答を口にした時、裕子はちょっとだけ誇らしそうにしたし、信二は凄いなあと裕子に改めて感心した。

『まずは北海道の何処に行くかだよなあ。それと、新築か中古かだな』

相談を始めてみると双方の思いに大きな隔たりはなく、幾つかの柱が決まった。

〇場所は美瑛町を第一希望。第二希望は旭川市及び近郊の東神楽町・東川町
〇物件は戸建てで、予算は1,500から2,500万。新築か中古か
〇引っ越しは二人の定年退職後の令和5年7月初め
〇下見旅行の実施。1回目は4年の秋。2回目は5年の春に実施して契約まで行う

1回目の下見

こうして令和4年の11月、二人は旭川空港でアポイントを取っておいた地元不動産会社の車に乗せてもらい、空港から10分の東神楽町内の中古住宅を初見学した。その後は旭川市に移りホテルに荷物を預けて、バスで2件目の中古住宅を見学に行った。さらに残った時間で、建材会社の展示場を訪れて新築やリフオームをする際の費用を聞いた。

翌日はJRで美瑛に行き駅で待ち合わせの不動産会社の車に乗せてもらい、美瑛町内2軒の中古住宅と売地を一つ見学し、午後はさらに旭川市内の中古住宅と建売住宅を案内してもらった。その後朝からお世話になった不動産会社の車を最寄りの駅で降りて、JRで旭川駅前のホテルに戻って来た。

3日目は再び朝早くJRで美瑛町に向かった。9時に約束の役場の住民生活課の移住定住推進室を訪れた。美瑛町は<丘の町>としてとても観光客に人気がある町で、最近は私達のような移住希望者も多いのだろうと町のホームページなどを見て察していた。

今日の夕刻の旭川空港発の便で帰る私達の事情を伝えてある担当職員さんは、温かい笑顔で迎えていただくとすぐに車で目的の【定住促進住宅】の見学に案内してくれた。これは、新たに町内に定住するための住宅を探すまでの準備のための住宅として、町が旧教員住宅などを低家賃で貸し出しているもので15軒が用意されている。
その日は空いている3LDKと4LDKの2軒を見せてもらった。築年はそれぞれ41年、50年で家賃は2万円、3万円。見学後には美瑛町内の建売り物件と築40年の中古住宅を見学して、美瑛駅前より空港行きバスに乗車して帰途についた。

このように盛沢山のメニューを果たした結果、二人の間に次のような帰結が生まれた。

〇第一希望の美瑛町は、裕子の生まれ育った町に近く大好きな十勝岳連邦を間近に望める町ではあるけれど、諦める。自分達と同じく美瑛町内に住宅を探す10世帯以上の人達がいる現実を見た時に、65歳の自分達にとって厳しすぎるとの実感を得たのだった。

〇新築か中古か。旭川の建材会社を訪問してロシアによるウクライナ侵攻後の資材、建築費を聞いたことで、新築は断念せざるを得ないとの思いが生まれた。また、予算内の建売物件を2軒見た時には、自分達の幾つかの内外装や設備に関する要望が建売住宅では揃わないことを実感することになった。

結果、要望を備えた中古住宅を探すことに固まった。

P.S.
こうした帰結を生んだ一回目の下見旅行の最中に、二人は予期せぬ出来事にも遭遇した。
2日目に美瑛町でお会いした不動産会社の担当者が挨拶を済ますと笑顔で言った。
『つい昨日のことですが、別の購入予定者のローン審査が通らなかったので、案内可能になったとても良いお家があるので、先にそちらを見てみませんか』
そう誘われて案内されたのは大きな中古住宅。とても広い庭には、様々の花や野菜が植えられていた。価格は2,500百万。

『建屋の南側に一軒分の敷地ほどの広さを持つこの庭は、日当たりの良さも保証していますよ』
花壇と野菜畑の間に立ち、堂々たる十勝岳連邦を正面に見ながら裕子と信二は
『うわー、いい家だねえ』と言い合った。
『一週間以内にお返事をお願いしますね』
そう担当者に言われた時には、二人とも半分以上気持ちが傾いていた。しかし、夕方旭川駅に向かう列車の中で向かい合って座る間、二人は無言で過ごした。

そして、翌日に空港ロビーから信二は担当者に断りの電話を入れた。
これまでの人生、庭のないアパート住まいだった二人にとって、あの庭は一つの夢の実現であった。だが、時間が経ってみると、飛躍のし過ぎではないかと思えた。予算ギリギリだったこともある。移住後に仕事をすっかり止める決断もしていない二人だった。

北海道旭川市在住 信二

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