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【コラム】身体を労い、五感を満たす。「薄味=物足りない」を卒業する、調理師直伝・お出汁と椀物の知恵

こんにちは。調理師のおかだけんいちです。

年齢を重ねるにつれて、ご自身の健康やご家族のために「塩分を控えめに」「優しい薄味に」と心がけていらっしゃる方は多いのではないでしょうか。毎日の食事に気を配ることは、ご自身の身体を大切に労う素晴らしい習慣です。

しかし、その一方で「薄味にしたら、なんだか食卓が寂しくなってしまった」「食後の満足感がなくて、食べた気がしない……」という本音を耳にすることも少なくありません。健康のためとはいえ、毎日の食事が「我慢の場」になってしまうのは、どこか寂しいものですよね。

実は、プロの世界における「優しい薄味」とは、単に調味料を減らして味を薄くすることではありません。塩分に頼る代わりに、食材が持つ本来の「うまみ」や「香り」を引き出し、一口、また一口と進むごとに、身体の奥からじんわりと美味しさが広がるような立体的な味付けを指します。

今回は、いつものお味噌汁やお吸い物が劇的に生まれ変わる、物足りなさを一切感じさせないための「お出汁と椀物の知恵」をお届けします。我慢する減塩ではなく、五感が喜ぶ美味しさを、今日から始めてみませんか。

目次

理由を知れば納得。なぜ薄味は物足りなく感じるのか?

そもそも、なぜ私たちは薄味を「物足りない」と感じてしまうのでしょうか。 人間の味覚は、加齢とともに少しずつ変化していきます。特に「塩味(えんみ)」に対する感度は緩やかになりがちで、若い頃と同じ味付けでは「少し物足りないな」と感じることが自然と増えてくるのです。
そこで、足りないと感じる分を「塩や醤油」で補おうとすると、どうしても塩分の摂りすぎにつながってしまいます。

解決の鍵は、塩味以外の「五感」を刺激することにあります。日本の伝統的な調理技術には、塩を増やさなくても、私たちの脳と身体を「美味しい!」と大満足させる素晴らしいアプローチが隠されているのです。

知恵その一:塩気の代わりに「うまみ」と「香り」を重ねる

塩分を控えても大満足できる最も確実な方法、それが「うまみの追加」と「香りの活用」です。
和食の基本であるお出汁(昆布やかつお節)には、それだけで豊かなうまみ成分が含まれていますが、ここにさらに「異なるうまみ」を掛け合わせることで、うまみは数倍にも膨れ上がります(これを調理科学では『うまみの相乗効果』と呼びます)。

おすすめは、アサリやシジミなどの貝類を合わせることです。
貝類には「コハク酸」という、他の食材にはない力強いうまみが詰まっています。いつものお出汁にアサリの口が開くまでサッと火を通すだけで、塩をほとんど使わなくても、驚くほど濃厚で深い味わいのお吸い物が出来上がります。
また、干し椎茸も素晴らしい味方です。じっくり水で戻した干し椎茸には「グアニル酸」という濃厚なうまみがあり、戻し汁ごと汁物に使うことで、お椀全体の味わいにどっしりとした厚みが生まれます。

さらに、ここに「香り」をプラスします。
人間の味覚は、鼻に抜ける香りと深く結びついています。
お椀を食卓に出す直前に、
三つ葉やネギなどの香り野菜を添える。
柚子の皮をほんのひとかけ浮かべる。
仕上げに生姜の搾り汁を落とす。
こうしたほんの少しの「香りのアクセント」があるだけで、一口目をすすった瞬間に華やかな香りが鼻を抜け、薄味であることを忘れてしまうほどの満足感が得られるのです。

知恵その二:器を満たす「具だくさん」が、減塩と満足感を両立させる

次にご紹介したいのが、お椀を「具だくさん」にすることです。
「具を増やすとお腹はいっぱいになるけれど、味の満足感とは関係がないのでは?」と思われるかもしれません。しかし、実はこれこそが、プロも太鼓判を押す「理にかなった減塩法」なのです。

理由は大きく分けて二つあります。
一つ目は、「物理的にお汁(水分)の量を減らせる」ということです。
お味噌汁やお吸い物において、塩分が最も多く含まれているのは「汁」そのものです。お椀の中に大根や人参、ごぼうなどの根菜、キノコ類、豆腐などが所狭しと並んでいれば、注ぐ汁の量は自然と少なくなります。食べる方は「お椀一杯をしっかり食べた」という高い満足感を得ながら、摂取する塩分量を賢く抑えることができるのです。

二つ目は、「具材そのものが優秀な出汁になる」ということです。
特に旬の野菜や根菜は、じっくり火を通すことで素材が持つ自然な甘みやうまみが汁の中に溶け出していきます。たくさんの種類の具材を一緒に煮込むことで、それぞれの持ち味が合わさり、調味料をあれこれ足さなくても、優しくも力強い「食べるお味噌汁」が完成します。
器の中に季節の色とりどりの野菜が並ぶ様子は、視覚的にも食欲をそそり、心を豊かに満たしてくれます。

知恵その三:「とろみ」の魔法で、薄味をしっかりと感じさせる

最後にお伝えする知恵は、お汁にほんの少しの「とろみ」をつける技術です。和食の世界では「吉野仕立て」などと呼ばれる、プロの現場でも重宝される技法です。
片栗粉や葛(くず)を使ってお汁にとろみをつけると、なぜ薄味でも美味しく感じられるのでしょうか。それには、私たちの舌の仕組みが関係しています。

さらっとしたお汁は、口に含んだ瞬間に喉へと通り過ぎてしまいますが、とろみがついたお汁は、舌の上にある味を感じるセンサー(味蕾・みらい)にゆっくりと、優しくとどまります。そのため、塩分が控えめであっても、出汁のうまみや香りを長く、しっかりと感知することができるのです。

また、とろみには「料理を冷めにくくする」という嬉しい効果もあります。
いつまでも温かいお椀は、それだけでご馳走です。フウフウと息を吹きながら、温かいお汁をゆっくりと味わう時間は、身体を芯から温め、消化を助け、胃腸を優しく労ってくれます。

これからの季節、少し肌寒い日や、体調を優しく整えたい日の椀物には、ぜひ仕上げに少しのとろみを加えてみてください。

おわりに:お出汁を引くことは、自分を労う大切な時間

健康のためにと始める「優しい薄味」の食生活。それは決して、何かを諦める「我慢の食卓」ではありません。 むしろ、これまで気付かなかった食材本来の甘みに出会ったり、お出汁の豊かな香りにホッと心を緩めたりする、とても贅沢で豊かな変化です。

毎日のお味噌汁やお吸い物に、アサリや椎茸のうまみを重ねてみる。季節の野菜をたっぷりと仕込んでみる。ほんの少しのとろみで温もりを閉じ込めてみる――。そうして丁寧に作られた一杯のお椀は、何より皆さんの身体を深く労い、毎日の活力となってくれるはずです。

食卓に広がるお出汁の香りを楽しみながら、ぜひ今日から、五感が喜ぶ美味しい薄味を心ゆくまで堪能してくださいね。

できるだけ手間をかけずに、身体に優しくて本当に美味しいものを少しずつ楽しみたいものです。
『丁寧に出汁を取るなんて面倒くさそう……』と思われるかもしれませんが、実はプロがやっている正しい方法は、驚くほどシンプルで無駄がありません。
市販のだしパックや顆粒だしでは味わえない、本物の天然だしの香りは、それだけで心も体もホッと癒してくれます。
現役の和食調理師が、力いらずでサラッと読める“一番よくわかるだしの取り方レシピ”を公開しています。今日の夕食から試せるプロの技を、ぜひ覗いてみてください。


 【調理師直伝】
かつお昆布の出汁|プロが教える“よくわかるレシピ”

https://japanese-food.net/bonito-stock/


(執筆者プロフィール)
おかだけんいち 日本料理 調理師


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