暮らしのペースが少し緩やかになり、ようやく自分のために流れる時間を持てるようになった――そんな声をよく耳にします。仕事や子育てに追われていた頃は、「食事を作る」という行為も、どこか“こなすもの”だったかもしれません。けれど、人生の後半に入ってからの食事は、少し意味が変わってくるように思うのです。
今日は何を食べようか。
冷蔵庫に残っているキャベツを蒸してみようか。
昨日の出汁を使って、お椀を一つ作ろうか。
そんな小さな選択を、自分のために丁寧に重ねていく時間には、静かな豊かさがあります。
外食も便利ですし、出来合いのものも十分おいしい時代です。それでも、自分で作ったものを「おいしいな」と感じながら食べる喜びは、やはり特別です。
誰かに評価されるわけでもなく、上手である必要もありません。少し薄味だったり、形が不揃いだったりしても、“今の自分が食べたい味”を自分で作れることは、日々の暮らしを支える力になります。
その時々の体力と体調に耳を傾けながらも、日々の食を心地良くする工夫は意外と身近なところにあります。例えば台所時間。
ここで過ごす時間は案外多いものです。
台所はいつも心地よく過ごせる場所でありたいですね。体力の変化に合わせて調理道具の定位置を見直したり整えたりすること。他にも、好きな木べらを一本置く、季節の柑橘を籠に盛る、手の届くところにお気に入りの器を並べる。そんな小さな工夫があるだけで、料理の時間はおっくうな作業から“楽しみ”へと変わっていきます。
さらに、日本の四季という特別な恵みを取り入れる。
柚子の香り、きのこの旨み、熱々の湯気。季節を少し意識するだけで日々の変化を感じられ、食卓に奥行きが生まれます。
また、出汁や発酵のような昔から続く知恵は、体に優しく深い味わいと心の豊かさまでも教えてくれる気がするのです。
生まれてから今日まで、「食べること」はいつも暮らしの中にありました。
与えられる食事があった子ども時代。
慌ただしい毎日の中で、つい後回しになったこともあった食事の時間。
だからこそ、これからは食べることをもっと楽しんでいい。
自分のために料理をし、自分のために味わう。その満たされた気持ちが、やがて大切な人へと自然に繋がっていくのかもしれません。
そんな時間もまた、人生を豊かに彩る大切なひとときなのだと思います。
これからのコラムでは、シニア世代の日々の食に彩りを添えるヒントを少しずつ綴っていけたらと思っています。
体力に合わせた自分らしい速度で暮らしていく。
そんな台所時間がより心地良く豊かでありますように。
(執筆者プロフィール)
くらしま みさこ/yururi
料理家・調理師・唎酒師

