三年前に母を見送りました。父はずいぶん前に亡くなっています。母が亡くなってからは事務的な手続きをひとつずつ片づけ、ようやく落ち着いた頃に残ったのが「お墓をどうするか」という問題でした。
父の生まれ故郷・瀬戸内の海沿いの急斜面を登り切ったところに代々の古いお墓がありました。けれど、母は生前から「私はあの山の上のお墓には入りたくないのよ」とよく言っていました。母は典型的な都会育ちで、繁華街の真ん中で生まれ育った人。地方の山の上で眠る姿は、どうしても母らしくない気がして、私も迷いに迷いました。
子どもたちもそれぞれ家庭があり、そして車を使っても高速道路で4時間以上かかる遠くの山の上のお墓を守り続けるのは現実的ではありません。私たち夫婦も年々遠出が難しくなり、運転のこと、体力のこと、日頃の管理など……考えれば考えるほど、無理を重ねる未来が見えてしまいます。
父のお骨は京都の街中にある納骨堂にも分骨し納めていました。私の住む町からは電車に乗って1時間ほどでお参りに行けるところです。今あるお墓は閉じて、そこに母を一緒に納めてはどうか。そう考え、思い切って近くのお寺に相談に伺いました。そこで宗派のお坊さんが静かに言われた言葉が、今も心に残っています。
「親御さんはね、ただ見守っているだけですよ。あなたが“これでいい”と思うことをすればいいのです」
その言葉に、長く張りつめていた気持ちがほどけ、すっと道が開けたような気がしました。
そこからが本番
遺骨を新しく移すのは墓じまいではなく「改葬」と呼ぶのが正しいようです。
まず納骨先の「受入証明書」をもらい、お墓がある市役所で「改葬許可証」を取る必要がありました。私有地にあったため他に書類を揃えることはなかったのですが、兄はすでに他界しており、二度三度と現地を往復しすべての段取りを整えなければなりませんでした。地元の住職に閉眼供養の読経をお願いし、石材店に墓石の解体・撤去、更地作業を依頼し……と、ひとつひとつ進めていきました。
お墓の下の納骨室を開けたときには、父、兄、祖父母……誰のものか判別できないほど古い骨壺がずらり。石材店の方に見てもらい、すべてのお骨を丁寧に洗い、乾かし、整えていただきました。
そして、ここからが驚きでした。
なんと、骨壺を「ゆうパック」で送れるのです。
離れていて取りに行けない私たちのために、石材店が7つあった骨壺をゆうパックで発送してくれました。他の大手の宅配各社では扱えないと知らされていましたが、郵便局で取り扱えるとは思いもよらず、ただただ驚きでした。
届けられた骨壺と母の骨壺を合わせて、京都の納骨堂に8つを納めたとき、ようやく胸の奥に静かな安堵が広がりました。
墓じまいは、寂しさと感謝のあいだで
地元のお寺や親戚、地域の方々とは、これから少し疎遠になってしまうかもしれません。それはやっぱり寂しいことです。その土地は本当に良いところで、父の故郷としての温かさもたくさん感じていました。
だからこそ、「もう行かない」ではなく、「無理のない範囲で、あと何度か訪れたい」。
そんな気持ちでいます。
そして今は、家の仏壇の前で、毎日自然に手を合わせられるようになりました。遠くへ無理をして出向くのではなく、日々の暮らしの中で静かに感謝を重ねていけることが、こんなにも心を軽くしてくれるのだと知りました。墓じまいは終わりではなく、“感謝の始まり”だったのだと、しみじみ思っています。
たまてばこ

